オセロゲームという競技

このブログでは時々、オセロの話が出てきますが、僕とオセロの関係についてほとんど触れる機会がなかったので、今回はその説明をしたいと思います。

僕が競技としてオセロゲームを始めたのが20年以上前です。オセロゲームはご存知のようにルールを理解するのが簡単なゲームで「理解するのに5分、極めるには一生」と標語のようなものも一時期ありました。

オセロゲームは日本発祥のゲームで、長谷川五郎さん(故人)が考案されたものです。試作段階で牛乳瓶の蓋を使っていたため、オセロの公式盤の石はそれと同じサイズになっています。

ゲームの名前は長谷川さんの父親で英文学者だった四郎さんの発案で、シェイクスピアの戯曲「オセロ」がもとになっています。 黒人の将軍・オセロと白人の妻・デスデモーナを中心に敵味方がめまぐるしく寝返るというストーリーに、黒白の石がひっくり返りながら形勢が次々変わっていくゲーム性をなぞらえたのでした。

今はありませんが、ツクダオリジナルという会社からゲームが発売されると、瞬く間にブームとなり、1973年から全日本選手権、1977年から世界選手権が開催されています。全日本選手権には少年少女の部と言って、中学生までの部がありましたが現在はその部門はなくなり、ジュニアオセログランプリという小学生のみの別枠の大会を設けています。日本国内のメジャー大会(全国規模の大会)は全日本選手権の他に名人戦、王座戦があります。

全日本選手権は地方予選を勝ち抜いてきた代表者による大会、名人戦はオープン大会(誰でも参加できる大会)、王座戦は全日本や名人戦などで所定の成績を収めた選手が参加できる選抜大会です。このようにメジャー大会でもそれぞれ形式に特色があります。

現在、この3大会の無差別部門の優勝者が世界選手権の代表となります。他にメジャー大会の女子の部優勝者で代表決定戦が行われてそこから代表1名、ジュニアオセログランプリの優勝者も日本代表として世界選手権に出場します。

世界選手権発足当初は発祥国である日本のレベルが抜き出ていて、日本代表の優勝が続いていましたが、現在は他国のレベルも上がり、日本以外の国の代表が優勝することも珍しくありません。しかし、全体のレベル、層の厚さで言えば現在も日本が一番強いのは間違いありません。

日本の競技オセロは、主に日本オセロ連盟という一般社団法人が管理しています。そこから認定される段級位があり、公式大会での成績に応じて認定されます。公式大会についてはメジャー大会以外に各地方支部が運営するものもあり、ホームページから案内を見ることができます。多くは参加資格などなく、オセロのルールを理解して周りに迷惑をかけなければ大丈夫です(詳しくは連盟ホームページと各主催者に問い合わせてください)。

「オセロの勝敗は運で決まる」とか簡単なコツで勝てるようになるとか、ゲーム性の低さを言う人もいますが、少なくても運や簡単なコツで勝てるゲームではありません。

2017年、ボードゲーム愛好家にとって衝撃的な出来事がありました。囲碁の世界レーティング1位の柯潔(カ・ケツ)九段が、米Google傘下DeepMindの囲碁AI「AlphaGo」との3番勝負で3戦全敗、さらに将棋の佐藤天彦名人が、第2期電王戦二番勝負で将棋AI「PONANZA(ポナンザ)」に、先手番・後手番ともに敗れました。

しかし、オセロはその20年前の1997年に、NEC北米研究所によって作られた「ロジステロ」が当時の世界チャンピオン・村上健さんに6戦全勝しています。ちなみにこの年、チェスで世界チャンピオンだったガルリ・カスパロフ氏が、IBMが開発したAIの「ディープ・ブルー」に2勝3敗1分けで負け越しています。

コンピューターに20年前に敗れているという事実がゲームの特徴を表していて、将棋や囲碁に比べると分岐が少ないゲームであることは事実です。ゲームが進行するにしたがって持ち駒を使えるようになり分岐が増える将棋と、最初の選択肢が圧倒的に分岐が多い囲碁だと、オセロに比べてコンピューターが勝てるようになるのが遅いのは自然なことなのです。

オセロには石がひっくり返るという要素があり、それが人間の思考を邪魔するのですが、コンピューターにはそれが全く関係ありません。ある意味、オセロはコンピューターに最も向いたゲームと言えると思います。

オセロには賞金のある大会はありますがプロ制度はありません。このような分岐の低さから局面のバリエーションが将棋や囲碁に比べると圧倒的に少なく、そのような点がオセロのプロ制度を難しくしたと個人的には思っています。そしてこれだけコンピューターが発達した今後は、オセロの一時的な賞金制度は作られても、継続するプロ制度がつくられることはないと考えています。

プロ制度がなくても、コンピューターが圧倒的に強くても、人間が行うゲームの面白さにはあまり関係がありません。今はスマホでも局面の最善手を教えてくれますが、そんな時代になっても(もちろん、対局中はスマホを見るのは禁止です)、人間は対局でミスをします。コンピューターなら1秒もかからず答えが出せる場面で僕はもちろん、トッププレイヤーでもミスをします。完全でない人間がお互いの技量を競うところにゲームの面白さがあるのだと思います。

それとオセロゲームを通じて、本来であれば出会うことのなかった多くの人たちと交流を持てたことも楽しさのひとつです。やめてもいいかと思ったことも多々あるのですが、不思議な縁で今も続けています。

僕とオセロの関係について話そうと思ったのですが、オセロゲームの紹介だけで終わってしまいました。それについても、またの機会に書きたいと思います。

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兼業作家。2023年4月『園井恵子 原爆に散ったタカラジェンヌの夢』(国書刊行会)上梓。歴史全般が興味の対象ですが、最近は大正~昭和の文化、芸術、演劇、映画、生活史を多く取材しています。プロフィール写真は愛貓です(♂ 2009年生まれ)。よろしければTwitterのフォローもお願いします。(下のボタンを押すとTwitterのページに移動します)。