オセロから知る子育てで大切なこと

20年以上、オセロのプレイヤーとして活動していると、その間に出会ってきた人は数えきれないほどです。自分より3回り以上年上の人も知り合いましたし、2回り以上年下の子供プレイヤーとも出会いました。

幼稚園の年長で出会った子が大学を卒業して、社会人になったのを見ると、時の過ぎる速さを痛切に感じます。

昔、先輩の年長者のプレイヤーが「オセロをやっている子でちょっとくらい悪い子はいるかもしれないけど、本当に悪い子はいない」と話していました。もちろん、絶対とは言えないでしょうが、競技オセロを長くやっているような人で、根っからの悪人はいないように思います。悪気なく周囲に迷惑をかけるような人はたまに見かけるのですが……(苦笑)

オセロが子供の教育について良いとすれば、思い当たる理由がいくつかあります。

大会では盤や石、対局時計を使い、会場の設営を行いますが、全国級のメジャー大会でも大会の後片付けは選手が手伝います。地方の大会などは片付けが終わってから結果発表、表彰をすることが多く、そのような姿を見た子供たちは率先して片付けを手伝います。そのような礼節を自然に学んでいるということがまず挙げられると思います。

ゲームとしての性質にも理由があると思います。「よろしくお願いします」という挨拶から始まり、「ありがとうございました」という礼に終わります。それを大会では何度も繰り返します。オセロに限らず、将棋、囲碁、チェスでも、自分が一手打てば、相手も一手打ちます。オセロはパスがありますが、それ以外では2回連続では打てません。大人でも子供でも機会が公平に与えられていて、強くなるには自分のことを考えるだけではなく、相手の打つ手のことも考えなくてはいけません。

相手が手を打つ間には静かに待たなくてはいけません。相手が何か伝えるのを待つこと、相手の思いを考えるというのは、あらゆるコミュニケーションにおいて基本となるものです。ゲームの中にそのような人間関係に通じることが内包されているのです。

そして、盤ゲームの勝敗は全て、打ったその人の責任です。それは幼稚園児であっても同様です。自分で判断してその結果を受けとめるということを幼い段階から経験するというのも、その子供の将来のためにとても有益になるのではないでしょうか。

「オセロを打つ人に悪人はいない」という言葉を最初に引用しましたが、悪人ではなくても、成熟していると言えない行為は残念ながら多々見られます。

例えば、前述した大会後の片付けですが、遠方から来ている人が交通手段の都合で先に帰るのはもちろん良いのですが、中には大会の成績が悪いと、片付けもしないまま帰る選手もいます。正直なところ、そのようなプレイヤーはその後も大した成績を残せないことがほとんどです。仮に良い成績を残せたとしてもオセロを長く続けることはありません。どんな強いプレイヤーでも多かれ少なかれ勝敗の波があります。その浮き沈みあるものを一番の価値にしているようでは、長く続けられないのだと思います。

大会後にペットボトルなどゴミをそのまま置いて帰る人もいます。残念ながらほとんどの大会において、そのようなゴミはなくなりません。

私は大会の手伝いをしている関係で、問い合わせのメールも受け取ります。親のメールアドレスを使って、子供が書いた問い合わせも時々来ます。そのようなメールにはなるべく丁寧に返事するようにしていますが、その後、お礼のメールが来ないことがよく見られます。誰かにものを尋ねて教えてもらった時にはお礼を言うのが、僕の考えでは自然なやり取りに思います。僕が嫌なのは、お礼を言わなかった子供ではなく、それを見ていながら教えられない親の存在です。「そういう時はお礼を言うものだよ」ということを教えれば、子供はその通りにして、次からは言われなくてもそのようにします。

大人が良い見本を見せれば、自然と子供はそれを真似します。子供の能力において遺伝子の影響ももちろん大きいと思いますが、一番近くで見ている親の行動もまた、影響が強いのだと思います。

少しオセロから話が逸れますが、ある電車の車内での出来事です。小さい子供がいる家族連れが座っていて、そこに老人が入ってきました。その家族は知らんぷりでしたが、それを見ていた僕は何よりの教育の機会なのに勿体ないと思いました。親が率先して席を譲れば、これ以上ない教育になるのに、それができないので子供が学ばないのです。言葉にして伝えにくいことや説教になってしまうことも、実際の場で見本を見せればこれ以上ない教育になります。何も暴漢に立ち向かえと言っているわけではなく、誰でもできることを見せるだけでも違うのです。

オセロに長い間携わっていると、ゲーム以外でも多く学ぶことがあります。オセロから子供の教育について考えると、もともと頭脳ゲームを好きになるような子供は、内向的で知的傾向が高く、優しく育ちやすいという可能性はあると思います。しかし、盤ゲームの性質の影響もさることながら、自然と礼節や思いやりを学ぶ機会も多いのだと思います。

もし、オセロをする環境が人間形成に影響を与えるとするなら、大人のプレイヤーたちの責任は重いものがあります。子供たちは常に周囲の言動を見て影響を受けるからです。しかし、それはオセロに限らず社会全体に通じる話で、もし子供の成長に何か問題を感じる社会なら、それは他でもなく大人に問題がある社会だと言えるでしょう。

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思索にふけるのが好きな無名の作家・ブロガーです。職業は理学療法士、整体師。特技はオセロ(五段の実力)です。将棋、競馬など勝負ごとやゲームも好きですが、最近はブログが忙しくてあまり手を付けられていません。ブログに興味を持っていただいた方は、更新情報もつぶやくので、Twitterのフォローをお願いします。(下のボタンを押すとTwitterのページに移動します)。