オセロの哲学者たち 第1回「2019年8月の対局から」

昨年、世界チャンピオンになった福地啓介君や、中学1年生でありながら名人、王座の2冠を達成した高橋晃大君など、このところ、ジュニア選手たち(ここでは小中学生選手と定義)の活躍がひときわ目立つ。今年、オセロ小学生グランプリを優勝した薬師寺健太君は、その直後の「明石お盆スペシャル2019」というオープン大会で、高橋七段だけでなくタイトル経験者の福永七段も破って全勝優勝を達成した。これはもはやジュニアという限定した範囲の強さではない。

10年ほど前を振り返ると、ジュニアは大人の有段者たちと良い勝負はしたが、トップクラスとは大きな差があった。日本オセロ連盟がオセロ小学生グランプリの優勝者に世界選手権出場の権利を与えた時も、まさか優勝できるとは思っていなかっただろう。

無差別のタイトル経験者ですら世界選手権の長丁場は厳しいスケジュールである。無差別の日本代表でも3人全て揃って決勝トーナメントに出場したことはない(と記憶している)。13戦という長い予選を勝ち抜くには体力はもとより、ペース配分も考える必要がある。それに決勝トーナメントに勝ち進んだとしても、そこでは持ち時間40分であり、相手は経験も豊富な世界のトップレベルである。

ジュニアの実力は決して低くはないが、決勝トーナメント進出を争えても進むことはできないだろうというのが私の見解であった。

しかし、2017年に高橋晃大君が決勝戦まで勝ち進み、決勝では高梨九段に敗れたものの準優勝という偉業を成し遂げた。翌2018年には福地啓介君が準決勝で高梨九段を、決勝でチャンピオン経験者のPiyanat Aunchuleeを破って、なんと優勝してしまった。

陸上競技には「○○の壁」という言葉がよく使われる。日本陸上で言えば100mの「10秒の壁」もそうである。しかし、一度それを超える記録が出ると、次々に続くものが現れるという現象が起こる。次々とと言うと大げさかもしれないが、今まで10年単位で出なかった記録がポツポツ見られるようになってくる。

人間は「可能」だと確信すると強い。オセロのジュニアたちはもはや大人に勝てないとは思っていないだろう。むしろ大人には余計なプレッシャーがかかるだけ不利である。福地、高橋、薬師寺と続いたこの強さが続くのか、一過性の波に過ぎないのか、これからが楽しみである。

今回紹介する対局相手であるF二段(三段の資格所有)も中学生で、もとはオセロ小学生グランプリに出場していたプレイヤーである。小学生大会で上位入賞は果たしていたものの、あくまで小学生という範疇での強さであり、つい最近までは大人に交じると目立たない存在であった。

しかし、ここ最近になって無差別の大会でも上位争いで名前を聞くようになり、強豪相手でもいい勝負をするようになってきた。急激に強くなってきたと言うよりも一歩ずつ地道に積み重ねてきた感があり、それはジュニアプレイヤーとしては珍しいタイプだと思う。総じて、無差別で上位争いを出来るようなプレイヤーというのは、あまり壁を感じずに急激に強くなっていく。才能あるプレイヤーというのはだいたいが早熟である。

昔、将棋の河口俊彦七段が才能に関して「天才と呼ばれるような棋士はだいたいが早熟であり、子供の頃から負けることを知らない人生である。『負けて強くなる』などというのは嘘なのである」というようなことを書いていた。晩成と呼ばれるような棋士でも、小さなうちから才能は認められていて、たまたま結果が出るまでに時間がかかったと解釈していたように思う。これは私も正しいと思う。少なくてもほとんどのケースに当てはまる。トップレベルを争うような選手というのは、ほとんどが最初のうちから強く、少なくても下のクラスで足踏みはしない。

これは情熱を持ちつづけるというのが難しく、短期間である程度の高みに行かないと意欲が続かないということだと思う。子供というのは熱しやすく爆発力を持っている。その爆発力が発揮されているうちに高いレベルに到達しないと、その後はだんだんと成長しにくくなっていく。年齢が高くなるにつれてオセロ以外にも楽しいことがたくさん出てくる。そちらに関心が奪われるようになれば、もはや急激な成長は望めない。そして、その速度で高みに上ろうとするとそれまでの何倍も労力が必要になる。

しかし、世の中には例外というのもたくさんあって、私はそれを楽しみにしている人間である。河口俊彦七段も将棋界の歴史を知りながらも、晩成タイプの棋士を応援していた。それが少数だと知っているからこそロマンを感じていたのだと思う。

さて、話が逸れてしまったが、F二段もそのような意味では晩成タイプと言えるだろう。棋風は重厚でずっしりしている。競馬で言えば鋭いスパートをかけるタイプというより、タフな消耗戦で競り勝つようなタイプである。あまり現在のオセロ界にはいない棋風だと思う。晩成と言ってもまだ中学生で、先輩たちから見れば伸びしろは大きい。これからの成長が楽しみである。

F二段との対局 全体を見ることの大切さ

さて、8月にF二段と打った対局を紹介する。解説は1級以上を対象に考えてみた。しつこく感じる説明もあるかもしれないが、どのような思考をしていたのか紹介するために、あえて読みやすさを犠牲にして書いている。

黒 私 五段 20分
白 F 二段 20分

1~8までの進行:f5d6c3d3c4f4f6b4

8であまり見られない変化。正式な名称は知らないが、昔の書籍だと浦悟四段が用いていたことから、「浦流」と書かれていたこともある。

8手まで。かつて「浦流」とも呼ばれた変化。

9~18までの進行:f3e6e3f2d2g5g6g4f1e7

11まではよくある流れ。12-13の交換もよく見られる。評価値的には交換を入れても入れなくても大きな差はないのだが、人間的には交換した方が打ちやすさがあるのだろう。最近は交換を入れる対局の方が多い感がある。

12 f2、13 d2の交換を入れる。13までの局面。

14-17は他にも分岐があるが、どれも一局のオセロになる。この日、F二段とは2対局目で、最初の対局では18はf7に打っていた。ここから未知の局面に入った。f7もe7も同じような手だが、少し位置が変わればオセロの展開は大きく異なる。

19~21までの進行:b5b3c5

18手まで黒番。

18までの局面は、赤いラインの場所がいわば白の壁であり、まず、なるべくならその壁を温存しておきたいと考える。打てる場所が少ないと、相手は多少形が悪くても手数を残すように打ってくる。しかし、打てる場所がたくさんあると相手は形を良くする余裕が生まれてくる。そのような差は非常に大きい。特に黒の場合、何も手段を使わずに終盤まで進むと偶数理論で不利になりがちである。自分が終盤に少しでも有利になるように種をまいておきたい。

白壁を温存するという観点からすると、a5も有力に見えるが、対局時は全く頭に浮かばなかった。

実戦で18までの局面を見て、第一感はb5。形的にh5も目に入るが、白にh6と返されると黒にその付近で返す手がなく、白にh3という余分な手を与えるなどデメリットが多く切り捨てる。

18〜21は読み通り。黒は下の部分が打ちにくくなったが、a4、a3と手を稼ぐことができる。

ある程度の実力を持った者同士のオセロでは、こちらの言い分だけが一方的に通ることはまずない。この局面でもある程度のマイナスも受け入れて、手を打たざるを得ない。一方的に都合の良いことだけを望んで、かえって苦しくなるというのはよくあることで、そこをいかにバランスをとるかが中盤の感覚である。

この局面では、黒は壁を少し破ったマイナスを受け入れて、左辺で2手稼げるプラスを手に入れたと言える。マイナスとプラスが同程度というのは、この局面がほぼ互角ということの裏返しでもある。

22~32までの進行:c2e2c6a3c1e1g3d1g1a4a6

21手までの局面。白番。

21までの局面はいくらか選択肢がある。まず焦点になるのは、上部でどれだけ手を稼げるかという点と、上辺がどのような形になるかという点である。

F二段が考えている間、こちらも先を読んでいたが、まず浮かんだのは、c1→e1→c2→e2→g3→a4→d1という手順で、g3を打ちつつ上部もうまく捌いて、黒にウイングを作ることを促せている。

もうひとつ浮かんだのが、e2→a4→c1→e1→d1→b1→a6→a3→c2で、最初にg3の手を潰してしまうので若干損なように見える。しかし、上部で白はe2、c1、d1、c2と4箇所打てているのに対して、黒はe1、b1の2箇所しか打てておらず、この点で手数を稼げているのと、上辺にウイングを作らせている点で白としても悪くない展開である。

実際に打たれた手は白c2で、これは24で本譜のc6を狙った手である。22〜24の手順は筋が良いように見える。白c6の手は黒に有効な手をほぼ与えない手で、さらにg3のアクセスを作っている。本来であれば悪くない手順なのだろうが、この局面では少し違う点がある。

本譜のように25a3と打たれると次に黒c1が見える。これを打たれると、さすがに手損が大きいので、白は先にc1と打つ。黒がこれに対してe1と打ったのが27までの局面(下図)である。

27手まで。白番。

白がd1に打つと、g3の手を潰してしまうので、先に28g3と打つのだが、29d1と先に黒に打たれるのが面白くない。

31までの局面では白にはd1の余裕手があり、一見文句のない展開に見えるがそうではない。本譜32までの局面と、22でe2と打ち、以下a4→c1→e1→d1→b1→a6→a3→c2と進んだ局面(仮想図A)と比べてみよう。

32手まで。黒番。

仮想図A 黒番。

似た形をしているが、本譜の方が形勢的に白厳しいのが分かってもらえるだろうか。仮想図Aでは上部が黒のウイングになっているだけでなく、白にはc6の手も残っている。また仮想図Aは上辺が黒い関係で右辺に黒が手を付けにくくなっている。

対局中、22c2は緩手だと感じていた。その感覚は間違っていなかった。32までやや黒優勢な局面であるが、それは22での判断が元になっている。これは微妙な差ではない。少なくても高段者であれば感じる差なのである。

付け加えると、本譜25は後の29を狙った手。28はg3を潰すのが嫌で打ちにくいが、思い切ってd1の手も有力だった。

33~46までの進行:f7d7a5b6h4h3h5b1a7b2h2f8c7c8

34 白a5も有力だが、黒b2でb1の余裕手まで失うので実戦では打ちにくいだろう。

37は緩手。h5がベター。F二段はミスをせずにぴったりとくっついてくる。
38 h6も見えるが、h5→h3→g7だとたちまち白敗勢になる。

22でリードを許した白であったが、その後ミスはほとんどなく、差はわずかに黒がリードしているという展開である。ここで40までの局面を迎えた。勝負所と考えて時間をかけて考える。この場面がこの月で最も印象に残った局面である。このような局面から間違いなく勝ち切るのが強い選手なのであろう。

40手まで。黒番。

ここで考えることは、可能であれば右上の3箇所空きは逆偶数理論の観点から温存したいということである。

まず、黒b2が頭に浮かぶが、対して白h7という手があるのが悩みである。b2→h7→h2では逆偶数が解消されてしまうし、かと言ってb2→h7→f8→h6では3箇所空きは温存できるものの、黒の手も詰まってくる。

そこでa7→b2→h2という手順を思い付いた。3箇所空きを温存できないのであれば、a1、h1と打って確定石を増やした方が得だという考えである。この進行でもおそらく接戦で、勝てるという自信はなかったが、他に良い手も思いつかず、半ば消去法的に選択した。この40a7が6石損の悪手でとうとう逆転した(白2石勝ちの形勢になる)。

40までの局面で最終的な読みは、a7→b2→h2→f8→c7→c8と進み、それならホワイトラインに黒石が乗り、かつ、下にブロック形ができるため、黒a1と隅をとっても、例えばa2→b7→a8などの進行で下辺の損害は大きくならないというものだった。

a7→b2→h2に対して、白はh7にとは打ちにくいだろうと考えていた(a1、h1に続いてh8も取られると、さすがに確定石が大きくなるからという理由であるが、そもそも、すんなりとa1が取れないのでこれはまさしく空論であった)。44はh7が最善だったが、F二段はf8へ。これは私の読み筋通りで、ここで引き分けの形勢になる。

結果的に穴の多い読みであったが実戦はその通りに進んだ。46まで引き分けの形勢。

46まで黒番。引き分けの形勢。

47~60までの進行:b7a8a1h6h7g7h1g2h8g8e8a2d8b8

引き分けの形勢であったが、49が2石損でとうとう逆転する。正解はb8。白2石勝ちの局面となった。

49まで白番。白2石勝ちの形勢。

50-52(h6-h7-g7)は最善。50で白a2と取ってしまうと黒b7で逆偶数形になり、黒の簡明な勝ちになる。

55まで白番。

そして56。手拍子で打ったこの手(g8)が4石損の敗着となった。a2→b8→g8→e8→d8で黒2石勝ちであった。双方時間がなく、少し間を空けて盤面を見れば正解に気付けただろう。こちらとしては勝つには勝ったが、逆転できたのは、ただ単に運が良いだけであった。

さて、しっかり勝ち切れず混戦のもとになった40までの局面に戻ってみたい。この局面で黒は、どのように考えるべきだったのだろうか。最善手は2つある。

40手までの局面をもう一度。黒番。

まず、ひとつ目はc8という手である。対局中も考えてはいたが、c8→d8→e8で意味がないように思えて早々に却下してしまった。

しかし、41b2という手が白h7の返しで難しいという事実を思い出せば、c8→d8という交換を入れて、b2という手順を思い付きたいところだった。c8→d8→b2なら、さらに続くa1→a2も必然で、逆偶数に持っていくのは難しくない。

局面を別々に見るのでなく、組み合わせて考えることで、有効な手が見える例である。

そして、もうひとつの正解がd8!である。

もう1つの正解d8!

これはいかにも悪手そうに見えるのだが、確かにc7→b2→c8→b8→a1→a2→f8→g8できれいに逆偶数形だし、a2→c7→h6→g7でも黒の簡明な勝ちである。少し見えにくいのがc8→e8→c7→a2の進行だが、これも以下a7→a8→b7で簡明な黒勝ちである。

このd8に気付くにはどうすれば良いのだろうか。ひとつは右上の3箇所空きを残すという観点である。もうひとつは全体を見るということである。d8と打った局面で、黒にはb2とc7というふたつの有力手があり、仮に白がc7と打てば黒b2、白がa2と打てば黒c7というように変則的な見合い形になっている。この局面では右上の3箇所空きを温存するために、中盤と同じような手得の感覚が求められる終盤であり、そしてそれを考えるには右上と下部を別々に考えるのではなく、全体を見る必要があるということだろう。

この40までの局面は難しいのだろうか、それとも簡単なのだろうか? 強いプレイヤーがオセロを打つと、局面は実にシンプルなる。そして弱い人間が打つとどんどん複雑になっていく。

サッカーのヨーロッパリーグでは未来のスターを発掘するために、小学生就学前からその才能を見い出すと言う。そんな小さいうちから何を見ているかと言うと、それはフィールド全体を把握する能力だと言う。プロでも大スターになる選手というのは自分の周りだけでなく、周囲の状況が手に取るようにわかるのだと言う。

オセロもサッカーと同じかもしれない。局面をいかに全体として把握できるか、その能力が棋力を大きく左右するのではないかと私は最近感じている。

今回の対局の棋譜:f5d6c3d3c4f4f6b4f3e6e3f2d2g5g6g4f1e7b5b3c5c2e2c6a3c1e1g3d1g1a4a6f7d7a5b6h4h3h5b1a7b2h2f8c7c8b7a8a1h6h7g7h1g2h8g8e8a2d8b8

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思索にふけるのが好きな無名の作家・ブロガーです。職業は理学療法士、整体師。特技はオセロ(五段の実力)です。将棋、競馬など勝負ごとやゲームも好きですが、最近はブログが忙しくてあまり手を付けられていません。ブログに興味を持っていただいた方は、更新情報もつぶやくので、Twitterのフォローをお願いします。(下のボタンを押すとTwitterのページに移動します)。