オセロの哲学者たち 第2回「強さとは恐れを克服すること」

「強い」というのは微妙な言葉である。同じ「強い」でも様々な段階がある。オセロの基礎知識を持っていない人からすれば、2級の選手でも相当に強く感じるはずだし、逆にそのような人からすると、2級でも世界チャンピオンでもその差がよく分からないかもしれない。

専門的な知識がないと美術品の鑑定ができないように、高いレベルの差を感じるには、その人自身にもある程度の能力が必要になる。

しかし、他人がわからないとしても、その差ははっきりと存在する。オセロで言えば、為則九段の最盛期はその成績が飛び抜けていたし、将棋で言えば羽生善治も絶頂期は周囲と明らかに一線を画していた。オセロにしても将棋にしても、周囲も相当な棋力を持っているはずで、山の麓から見るとそれらトップレベルの人たちは一様に「桁違いに強い人」たちなのだが、その中でも差は存在する。

私からしても、自分より高いレベルになると、その差がよくわからない。なので、トッププレイヤーと話をする機会があると、その点について聞いてみたい衝動にかられる。

1年ほど前に愛知県豊田市のイベントに高梨九段が来て、その帰り、名古屋方向の電車で2人きりになる機会があった。

ここ10年、トータルで見れば高梨九段の実績は頭ひとつ抜けている。オセロは黒白合わせても60手しかなく、序盤から中盤にかけては定石化が進んでいる。最終盤になれば有段者ならある程度読み切れる。トップレベルであれば、かなり正確に読めるはずである。一体どこでそこまで差が開くのか。

その問いに対して、高梨九段は他者との比較は難しいと前置きした上で、おそらく「どこが」ではなく、全てが少しずつ高いのだろうと話していた。また、以前と比べるとオセロに使える時間が減って研究も十分でなく、その都度、相手の特性(オセロにおける傾向)も見ながら手を変えていると話していた。

いつかこのようなテーマについて、インタビューをして、しっかりとした記事を書いてみたいという願望もある。小出三段が以前にオセロを打つ「人」に焦点を当てた「Othello Graph」という素晴らしいサイトを作っていたが、私なりにまた違った質のものが書けると思う。

話が逸れたが、トップレベル同士の棋力というのは差があってもわずかだと思う。しかし、そのわずかな差が大きな結果の差を生む。

四段、五段レベルと、メジャー大会入賞の常連でははっきりした差がある。しかし、その入賞常連と、決勝トーナメントに頻回に進むレベルでは、そこにも大きな差がある。

下から上がろうとするものに、時にその差は残酷な壁として立ちはだかり、もがくことになる。

今回の対戦相手のO六段ももしかしたら、苦しんでいる1人かもしれない。

O六段はもとは中部のジュニアプレイヤーで、最近まで神奈川で仕事していたが、転勤で名古屋に戻ってくることになった。先日、練習会で久々に会ったのだが、わざわざ挨拶に来てくれた。彼は「○○さん(私のこと)にはなかなか勝てないです」なんて言って私を立ててくれるのだが、15年ほど前からそう言いながら叩きのめされる対局が続いている。

本人は嫌みのつもりは全くなく謙虚なだけなのだが、この傾向は子供時代から変わっていない。名人になった清水七段と同い年で、その年代のトッププレイヤーとも親しいと言う。六段は立派な段位だが周りから見ると少し後れをとっている。彼は「タイトルをとりたいです」と言う。そして自分の課題を「ミスが多い」と言っている。

O六段くらいのレベルになると、私がどうこうアドバイスできるレベルではない。昔、中部オールスター戦と言って、中部のトップレベルを集めた大会があったが、その棋譜集の中で私はO六段のことを「周りが弱いから勝っているだけで、決して強いわけではない」と書いた。実際にその通りだと思うのだが、現在のO六段はその時と違い、成績はそれほどでなくても強いと思う。

ただ、自分より明らかに弱い相手でも接戦になることが多いように感じる。相手を信用しすぎているのか、自分を信じきれていないように思う。

ある程度強くなると自分が負ける理由は薄々とわかるようになる。それを克服するには自分で何とかするしかない。昔であったら「タイトルをとりたい」とは言わなかったと思う。それだけ成長しているということで、ぜひタイトルを獲得してほしいものである。

O六段との対局 強さとは恐れを克服すること

今回取り上げる対局はそのO六段との久々の対局から。

黒 O 六段 20分
白 私 五段 20分
1~20までの進行:c4e3f6e6f5c5c3b4d3e2d6f4g3g4c6d2f3g5f2g6


13 多いのはc6→d2→a4の流れだが、ここでO六段はg3。この進行を普段打たない私は、早くも未知の展開になる。

13まで白番。

14は普通に考えれば、相手が打たなかったc6に先着すべきだろうが、黒b6、b5と連続して打てる形になるのと、何よりも相手の狙いにいかにも乗るようで不満であった。

他の手がないか考えたところ、本譜のg4が浮かんだ。g4→h3→c6→b6と進んで、白g5で黒b5の手が打てなくなり、上部に手を付けざるを得なくなる。15で黒はh3とは打たずc6に打つ。

15まで白番。

16はd2に打つと、黒f3、f2と続けて打つ筋ができるので、なるべくなら打ちたくないところ。d2を打たないで済まないか、少し時間を使って考える。

しかし、白b5などに打つと、黒に先にd2と打たれるのが厳しく見えた。b5→d2→b3→c2→b6→f1→g5→f3と進むと、左の中辺が白壁になり、かなり白の打つ手に制約ができそうで自信が持てなかった。

何より15のような手に対して、長い間d2の手が半ば定石化されていて、そこにはそれなりの理由がある(この場合はg3、g4の交換を入れているので、定石の局面とは厳密には違うが……)。

他の進行が自信が持てなかったので、実戦では冒険はせずに無難そうなd2を選んだ。

18はb5も少し考えたが、b5→f2→g6→h4→h3→h6→h5→h2→e1などで苦しくなる。

21~33までの進行:e1d1h5h6h4d7e7b3c1c2b1f1g1

22はd1に打たないで済まないか考えたが、例えばf7では黒h4が厳しく、なし崩し的に壁を破る展開になる。他に選択肢なしとd1に打つ。

25はh3だと白f7が厳しいため、ほぼ必然手。

25まで白番。

26は少し時間を使って考えた。h3、f1、b5、d7が候補として浮かんだ。

h3とブロックにすると、c1→c2→b1→f1→g1で右上に白の打ちにくい3箇所空きができて、かつ白は下部に手を付けにくくなる。そのような理由からh3はまず切り捨てた。

f1はc2→b3→a4→h3→c1→b1→h2のような手順で自信がなかった。途中、白h3以外でも白は黒壁を大きく破っていかなくてはならず、黒にはg2の手も残る。あまり良い展開には思えなかった。

b5はc1→c2→b1→f1→g1と進み、結局h3とブロックにするか、黒壁を破っていかなくてはならない。この展開も自信がなかった。

d7はb3へのアクセスを狙う手。c1→c2→b1→f1→g1→b3→e7などで白、黒ともに難しそうで、これからの勝負に見えた。d7に対して先に黒にb3を埋められた場合は、f1と取れば良い。また、c1→c2→b1と打たれた時にg1の選択肢もできるのも魅力的に見えた。

壁を破らずに進めるには無理があると考えて、破りやすいこの局面で壁を破っていくことにする。

少し手順前後はしたが27〜31は想定した流れで進行。

31まで白番。

32はg2も見えたので少し考えた。しかし、1手手得はできるものの、b5→a6と進んで黒は左上を拠点にして打ち進めやすくなる。一方の白はこの双方C打ちを有効に使いづらく、トータルではマイナスが大きいと判断、32 f8、33 g8と交換を選んだ。

34~36までの進行:c7f7h3

33まで白番。

34でまた悩む。最初はb5を考えていたのだが黒のc8が悩ましい。c8→f7→b6(あるいはc7)で自信がなかった。

e8も頭に浮かぶが、b5→b6と交換すると、a5のような手で左辺に手を付けづらくなる。なし崩し的に白の石が増えそうで、良い進行には思えなかった。

そこでc7の手が浮かんだ。左側が白壁になり、一見良くなさそうだが、c7→b5→a6→b6→a5→d8→h3→c8で形が上手くまとまり、これなら戦えるのではないかと思った。

33までの局面で私はb5、e8、c7の手が浮かび、結果的にc7を選んだが、調べてみるとb5、e8も有力である。形が何となく怖いという理由でb5、e8の手は避けたのだが、怖そうでも成立しないのか、本当は精密に読む必要があると思う。その辺りが私が五段というレベルで止まっているひとつの理由だと思う。

二段、三段あたりになると、大まかな形で手の善悪を判断できるようになるが、焦点がいくつかあるような複雑な局面や、危険な筋に飛び込むような進行は捉えにくい。それは大まかに捉えているからであって、強い人間ほどその形や読みの精度が細かくなる。

それが出来るようになると、一見怖そうでも成立する進行がわかり、無難そうでも実は良くない局面ということが分かるようになる。これが五段とトップレベルの差のひとつで、逆転や優勢を保つ可能性がずっと高くなる。

この対局でも、無難に進めたつもりが実際には局面は劣勢になっていく。

35まで白番。

35 f7を見て、黒の狙いはb2のライン通しということは分かった。問題はラインを通されるとして、それを切ることができるかという点である。ここで5分以上考えて、この後の進行を考えた。白は手が少ないので、ここで打つ手によって後の進行は一本道になり、場合によっては勝負が決まってしまう。

まず最初に考えたのが、e8で以下f8→g8→d8→c8→b2→h3→g7、あるいはf8→h3→d8→h7→b2→g7→g8でいずれもラインを切ることができず敗勢と考えた(実際は白g2でブラックラインが通る関係でほぼ互角の形勢)。

次にh3を考えた。h3→b2→h7(ここでd8やf8だと黒g7で簡明な負け)→d8→f8で一見強引だがラインを切ることが出来る(参考図A)。

参考図A(実戦40までの局面)

参考図Aから黒が強引にg7とラインを通せば、c8→b8→g8の手順でa1かa8を取ることが出来る。平凡にe8なら以下a1→g8→c8→b8→h1で偶数形であり、いずれも白が十分と考えた。

実戦で36h3と打つと、O六段はしばらく考えていた。おそらく読み抜けがないか確認していたのだろう。そうして37b2が打たれた。

37~43までの進行:b2h7d8f8e8a1b8

黒が37b2で勝負を決めにかかる。

37b2はO六段が読みを重ねて慎重に打った一手だった。しかし、こちらもその手は予期していて、実戦42まで考えていた通りに進んだ(下図)。しかし43が予想していなかった一手だった。

43b8が好手であった。

c8と打つとe6の黒石が返り、g8と辺を取らせてもCラインが返らず、右下がホワイトホールになってしまう。すると、h1→h2→g2→h8で黒必勝形。

43までの局面を見て、見事に読み負けたことを知る。何とかならないか考えるが、c8→g8でcラインが返らない点は何ともならない。手が詰まっているので他の手もない。

唯一、考えられたのが白b7の手で、この手を時間をかけて考える。44ですぐにb7だと黒g2で必敗形なので、44 h1→h2→b2→h8と打ち進めてからのb7を考えてみる。これなら何とか手が続くようである。確定石もある程度あり、白は偶数形に持ち込めば勝負になる可能性が出てくる。

44~52までの進行:h1h2g2h8b7g8g7a8b5

44 h1と打ち、以降は48までほぼノータイムで進む。この時点でこちらの残り時間は3分ほど。

48 b7を見てO六段が考え込む。O六段の持ち時間も5分を切っていた。

48まで黒番。

48までの局面もなかなか悩ましい。O六段は少し考えてb8と打ち、白は必然にb7と打つ。ここで再び黒は考える。

49はこの対局でO六段が見せた唯一の緩手らしい緩手だった。右下の2箇所空きを残しておくことで、黒にはb8、b7の連打の含みがある。b8はここでは打たずに温存した方が打ちやすく、そうすれば多少の紆余曲折があっても黒が勝っていただろう。

53~60までの進行:c8a7a6b6a5a3a4a2


52を見て、O六段が残り3分ほどの時間を使って最後の読みに入る。こちらもその時間を使って対応を考える。

52まで黒番。

私はこの局面ではa6が最も厳しいと考えていた。a6→a7→c8→b6→a5→a4→a3→a2で、左辺の確定石を着実に増やして黒がわずかに多いかと考えていた。

O六段が打ったのはc8で、これが4石損の敗着となった。53までの局面で、こちらも最後の読みに入る。完全に数えたわけではないが、a7の方が多いと判断して、そちらに着手。

57を打った時にO六段が「あー」と声をあげた。58 a3を見落としていたとのこと。

こちらは数え切っていなかったのだが、終局時にO六段から「2石ですね」という言葉があり、白の2石勝ちだとわかった。

終局図。白2石勝ち。

この対局を振り返ると、要所で無難な手を選んだつもりが、結果的に窮地に陥る結果になっている。

より強くなりたいと思えば、恐怖を漠然と感じるのではなく、その恐怖に目を開き、真実を見る必要がある。弱い打ち手ほど善悪の判断を漠然と行い、強い打ち手ほど確証を持って行う。

また、O六段の読みの深さも感じた。結果的には勝つことができたが、要所で読み負けていて、勝敗は今回については単に運が向いただけであった。

若いほど成長は爆発力を秘めている。これからもO六段と良い勝負ができるように私も努力を続けていきたい。

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思索にふけるのが好きな無名の作家・ブロガーです。職業は理学療法士、整体師。特技はオセロ(五段の実力)です。将棋、競馬など勝負ごとやゲームも好きですが、最近はブログが忙しくてあまり手を付けられていません。ブログに興味を持っていただいた方は、更新情報もつぶやくので、Twitterのフォローをお願いします。(下のボタンを押すとTwitterのページに移動します)。