主婦の友 昭和12年新年号

園井恵子さんの伝記を書く際に最も大きな問題になったのは、すでに死後60年以上(当時)が経過していて、同時代を生きていた人がすでに亡くなっていたか高齢で証言できない状況だったことです。そのため、自著『流れる雲を友に 園井恵子の生涯』では取材を、書籍や雑誌の寄稿など過去の資料に多く頼ることになりました。

園井さんの場合、まとまった資料がそう多くはなく、当時の雑誌に掲載された小さな記事から情報を得ることも少なくありませんでした。細切れのように小さな情報を積み上げて人物像をイメージしていきました。

調べる中心となっていたのは歌劇、演劇、映画関係の雑誌でしたが、それ以外の一般誌でも時々、園井さん関連の記事が掲載されていることがありました。文芸誌、少女雑誌、女性誌などです。これは意図的に探すことがとても難しいのですが、古本屋のサイトなどで検索に引っかかることがあります。1938年6月の『講談倶楽部』に掲載された丸尾長顕著『宝塚歌劇の花形 園井恵子物語』もこれに含まれます。

昨日届いた『主婦の友 昭和12年新年号』もその中のひとつです。古本屋さんのサイトで、記事のひとつに園井さんの名前があり注文したものです。「宝塚の人気者 笑いのスター朗らか座談会」というコーナーで10名の三枚目スターの中に園井恵子さんの名前もあります。

『主婦の友 昭和12年新年号』

「宝塚の人気者 笑いのスター朗らか座談会」 園井恵子さんは右端で社敬子さんと肩を組んでいます。

園井恵子さんと社敬子さん。普段から仲が良いのを雑誌の記者も知っていたのか、雑誌上でも2人一緒に載っています。

先日のブログで紹介した『草刈王子』で園井さんと共演した初音麗子さん、千村克子さんも席を連ねています。

その時の記事はこちら(初音麗子さん、千村克子さんの声も聞けます)
→『園井恵子の声を探して』2020年7月11日

初音麗子さんと千村克子さん。この2人は宝塚退団後も「宝塚新芸座」の舞台で共演します。

内容的には資料として目を見張るものはなく、園井さんで言えば「豚カツが好き」という言葉がちょっと目を引いたくらいでした。

一般誌の記事においてはそのほとんどが宝塚や芸能界の華やかさを前面に出したものであり、個人の内面に踏み込んだものはほぼ皆無と言えます。しかし、時には今まで知らなかった園井さんの一面が発見できたり、ごく稀に充実した記事もあるので探究作業は地道に続けています。その成果は著書『流れる雲を友に 園井恵子の生涯』の「主要参考文献」の欄にまとめましたが、今回の雑誌は出版後に見つかったため、そこには当然含まれません。今後も時々資料が発見されることがあるかもしれないので、このようにたまにブログで紹介していきます。

雑誌を眺めていて思うのですが、そこには膨大な量の情報が詰め込まれています。この『主婦の友』にも戦前の女優さんたちが多く取り上げられています。しかし、その記事の多くはどこの検索にも引っかからずにそのまま埋もれています。今回は古本屋の方がこの「宝塚の人気者 笑いのスター朗らか座談会」に目を付けて、「園井恵子」という名前を商品説明欄に記載していたから私が発見することができました。

雑誌の内容を全て商品記載欄に明記するのは難しく、今もどこかで「何か」を探している人と、発掘されないで埋もれている「何か」が出会いを待っているのだと思います。

2 件のコメント

    • 過去のブログで、imamura様と富士野さんの関わりを拝見しました。
      富士野さんは園井恵子さんとも接点があったので、もし存命でお話を聞くことができれば、多くの不明な点が解明できたはずです。
      園井さんだけでなく、戦前の宝塚の様子を資料に残っているのとは違った角度から表現できたかもしれません。
      お話を聞けずに亡くなられたのが何とも残念です。

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    思索にふけるのが好きな無名の作家・ブロガーです。職業は理学療法士、整体師。特技はオセロ(五段の実力)です。将棋、競馬など勝負ごとやゲームも好きですが、最近はブログが忙しくてあまり手を付けられていません。ブログに興味を持っていただいた方は、更新情報もつぶやくので、Twitterのフォローをお願いします。(下のボタンを押すとTwitterのページに移動します)。