『教養としてのお金とアート』を読んでみた!

芸術関係の仕事を志している人やそのような趣味を持っている人にとって、自分の創作活動がお金になるのかという思いは、ごく自然に頭に思い浮かぶ疑問でしょう。アーティストにとって、自身の制作したものが金銭という価値を生むことは一種の憧れのように思います。しかし、それは特別な才能を持った人の特権であり、お金とアートは簡単には結びつかないものという認識が一般的なように思います。 ゴッホが生前、絵がほとんど売れずに貧しいまま亡くなったことはあまりに有名です。

芸大在学中「アート・マネージメント」という授業がありました。マネージメント(management)とはご存じの通り「経営」「管理」などを示す言葉です。この授業では「個」の要素が強い作品をどのように外部(社会)と結びつけるかという点に主眼が置かれていました。一方で作品からどのようにお金を得るかという内容についてはあまり記憶がありません。印象ですが、少なくても在学当時、芸大は技術や教養を教える場所であり、経営的な要素を教えようとする雰囲気はなかったように思います。

私自身、文章という創作活動をしていますが、芸術が金銭という対価を得ることは容易ではないイメージを持っていました。 同時にアートとお金を結びつける方法については、もしそんな方法があるならぜひ教えてほしいと、大きな関心を持っていました。それはどのような分野にも通じる高いセールス技術でもあるでしょう。

今回、巡り会った書籍はそのような問いに対して、考え方のヒントを与えるものだと思います。内容やエッセンスを全て書くわけにはいきませんが、興味を持った人が参考になるように紹介したいと思います。

基本構成

タイトル:教養としてのお金とアート
副題:誰でもわかる「新たな価値のつくり方」
著者:山本豊津、田中靖浩
出版社:KADOKAWA
発行日:2020年9月2日
サイズ:四六版
ページ数:311
価格:1700円(税抜)

著者は山本豊津(やまもとほず)氏と田中靖浩(たなかやすひろ)氏で、お二人について本に書かれたプロフィールから紹介します。

山本氏は1948年東京都出身、武蔵野美術大学造形学部建築学科卒業後、政治家秘書を経て、父の経営していた東京画廊を引き継ぎ、現在に至ります。アートフェア東京のアドバイザー、全銀座会の催事委員を務め、著書に『コレクションと資本主義』(共著、角川新書)、『アートは資本主義の行方を予言する』(PHP新書)があります。

田中氏は1963年三重県出身で、早稲田大学商学部卒業後、外資系コンサルティング会社を経て、現在、田中靖浩公認会計士事務所社長。ビジネススクール、企業研修、講演などで活躍する一方で、『名画で学ぶ経済の世界史』(マガジンハウス)、『会計の世界史』(日本経済新聞社)、翻訳絵本に『おかねをかせぐ!』『おかねをつかう!』(ともに岩崎書店)など多くの著書があります。

厚みを感じる311ページ。
紙面32-33ページより。著者2人の対談本という形式を採っています。

目次

『 教養としてのお金とアート 誰でもわかる「新たな価値のつくり方」 』目次

はじめに ~お金とアート、その意外なつながりが開く「好奇心の窓」(田中靖浩)

第一章 なぜアートは日本に浸透しなかったのか
1 日本人が絵と会計を嫌いになる理由
2 西洋的なパブリック思考と日本的なプライベート思考
3 グローバルスタンダードになれない日本の弱点
4 「文化と文明」を明確化する視点を持つ

第二章 簿記という芸術的なプラットフォーム
1 文明としての簿記はどうできあがっていったのか
2 数学的発想で絵を描くということ
3 サイエンスを支える数学という概念
4 複式簿記はなぜいまも使われ続けているのか

第二章 簿記という芸術的なプラットフォーム
1 文明としての簿記はどうできあがっていったのか
2 数学的発想で絵を描くということ
3 サイエンスを支える数学という概念
4 複式簿記はなぜいまも使われ続けているのか

第三章 日本で会計の礎をきずいた福沢諭吉と渋沢栄一
1 日本の会計のルーツは「江戸時代」にある
2 コンサルタントの元祖、二宮金次郎とは
3 日本の会計のキーマン、福沢諭吉と渋沢栄一

第四章 価格から考える「アートの問題点」
1 パブリックになれない日本のアート
2 日本の「価値」と「評価」を知る
3 アートをお金で語ることは不純なのか
4 いまは美術のアップデートが必要だ

第五章 これから絶対に必要な「価値と価格」の話
1 価値の基準はどうやってつくられるのか
2 価値を生むのにもっとも大切な「個人の力」
3 イノベーションにつながる価値創造
4 これからの「日本人の勝算」 を考えよう

第六章 「未来の資本主義」の話をしよう
1 会計の「公準」という概念をアートに当てはめる
2 「区切る」ことの本当の意味とは何か
3 日本人は「資産」の意味を理解しているか
4 個人としての資産価値が大切になる時代

おわりに ~自分の人生を「作品」として生きる(山本豊津)

概要と私の読み方

本の概要を私が感じたように説明すると、第1章は主に山本氏の視点から「アートとは何か」、第2章は田中氏の視点から「簿記とは何か」、第3章は中世から近代の日本をモデルに会計、アート、ビジネスについて語っています。

第1~3章については本のタイトルである「お金とアート」というテーマと大きく離れている印象を受けます。もし、本のタイトル通りの内容を期待して、最初から読み始めて辛くなったのなら、第4章あたりから読むことをお勧めします。

下の写真は付箋の付き方を写真に残したものですが、青い付箋が第4章以降、赤い付箋が第1章~第3章です。私自身も第4章から先に読んで、後から第1~3章を読む形をとりました。第1章が後半とつながるところはありますが、その他はそれほど強い関連はなく、このような読み方をしても理解に影響は全くありませんでした。

第4章の2節からようやく「価格」について話が出てきます。4章については価格の成立と美術との関連、第5章は「価値」と「価格」の話から、今後アートがどのようにそれらを創造し、社会と関わっていくか考察も含めて論を発展させています。第6章の前半は経済が美術にどのような影響を与えたか、後半では「美意識」について多くページが割かれています。

私はこの本については全編目を通し、いわゆる斜め読みというスタイルでもありませんでしたが、およそ半日~1日ほどで読み終えました。要点だけならばもっと短い時間で読むことができると思います。

感想と評価

付箋、マーカー、書き込みを所々加えながらの読み方ですが、半日~1日で読み終えました。

冒頭の「はじめに」(田中氏執筆)を読むと、そこには編集者から「美意識」についても語ってほしいと言われたことが書かれています。対談は一つのテーマで話が終わることはまずあり得ず(そのような対談だとおそらく窮屈でつまらないものだと思います)、対談本のタイトルはその内容を吟味して、後から付けられることが多いように思います。

この書籍のタイトル『お金とアート』からすると、前半はかなり論点から離れているように感じるのですが、それは対談という形式による部分も大きいのだと思います。むしろ、第1章は後半と結びついていて、むしろ全体を通じてよくつながりがある対談のように感じました。

私がこの本から得た要点は主に「価値と価格」「美意識」「アーチストの生き方」の3点で、ノウハウではなく概念的なものが述べられています。「では、具体的にどうすれば良いのか?」という点を強く求める方には不向きだと思います。

「価格と価値」についてはそれほど難しい内容ではなく、他の本で語られていることかもしれませんが、本書では織田信長の「楽市楽座」、豊臣秀吉の「北野大茶会」、近代の百貨店の成立など歴史も交えてわかりやすく伝えています。そこに画廊経営者の山本氏から美術界が知見も加わり、それがこの本の一つの個性になっているように感じます。

この対談では「公共性」という言葉がよく出てきます。どのように価格が決められるのか? そしてアートがなぜこれほどお金と離れた存在のように思われるのか? という疑問に対して、このキーワードを通して考えると非常に分かりやすく思います。

山本氏の美術論、アーチスト論については、賛否があるかもしれませんが、ひとつの考えとして、とても興味深く読みました。

山本氏は画商、田中氏は執筆活動を行う1人のアーティストです。アートに関わる2人が対談の最後にたどりついた話題は「美意識」さらに言うと「アーティストの生き方はどうあるべきか」であり、その点についても興味深く読みました。

アートの経済的側面を知りたい方、創作活動をしていて何らかの形で収入と結びつけたい方、一般的なビジネスとは違った角度からセールスを考えたい方などに適した書籍だと思います。

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ABOUTこの記事をかいた人

兼業作家。2023年4月『園井恵子 原爆に散ったタカラジェンヌの夢』(国書刊行会)上梓。歴史全般が興味の対象ですが、最近は大正~昭和の文化、芸術、演劇、映画、生活史を多く取材しています。プロフィール写真は愛貓です(♂ 2009年生まれ)。よろしければTwitterのフォローもお願いします。(下のボタンを押すとTwitterのページに移動します)。