恵みを受け取る人と与える人

STAR TREKに見る「恵みを受け取る人と与える人」

「STAR TREK 宇宙大作戦」の「惑星アーダナのジーナイト作戦」(原題:The Cloud Minders)というエピソードの話です。惑星アーダナでは雲の上の都市・ストラートと地下の鉱山で人々が分かれて生活しています。ストラートでは宇宙最高レベルの文化的な生活が営まれている一方で、地下の住民はトログライト(労働者)と呼ばれて、過酷な生活を強いられていました。

カーク船長とMr.スポックは都市の民政官の娘・ドロクシーヌと次のように話します。

カーク「明るい光の中で暖かく暮らす、生物にとっては最低の条件もトログライトには認められていないんですか?」

ドロクシーヌ「でも、トログライトは労働者ですわ。そのことは船長もご存知でしょう。ジーナイトを採掘し土地を耕すんです。ここでそれをするのは無理でしょう?」

スポック「言葉を変えて言えば、ストラートを維持するために地上で働かせるんですね」

ドロクシーヌ「それがこの社会の形態です」

スポック「しかし、労働の結果を享受する権利はない」

ドロクシーヌ「できないからですわ。その意味もわからないんです」

カーク「わからせようとしないんですか?これほど文明化されて、知性を誇る社会なのに」

ドロクシーヌ「ここでは労働と文化は完全に分離しています。それで社会はバランスがとれ、支障なく運営してこれたのですわ。今さら変える必要があります?」

スポック「しかし、地下での生活は不自然かつ不健康です。一部の住民を一生そこに限定するのは文明社会にあっては考えられないことですね」

ドロクシーヌ「ここを暴力の場にはできませんわ。だから限定するんです」

(↑「惑星アーダナのジーナイト作戦」収録)

この話で書かれたような事例は現実社会でも多く見られます。利益を一部の人が享受し、他の人間はそれを供する立場という構図です。

資本主義社会において、雇用主と従業員がいて、労働者が雇用主の利益を出すという構図は決しておかしなものではありません。しかし、もし雇用主がその権力に任せて、利益を不当にむさぼり、従業員から搾取するとなれば、それは意味が変わってきます。

事業は従業員がいなければ成り立たないわけで、本来は雇用主も従業員も対等な立場のはずですが、日本ではどこか雇用主が権力を握って、従業員はそれに従うような文化が根付いています。

昔は日本だけでなく世界各地に小作制度が行われていました。土地が貨幣に変わっただけで、資本家が労働者から利益を吸い上げるという構図は、資本主義の宿命なのかもしれません。

そして格差社会と言われるように、現代社会は利益を得る側と供する側の差が大きく2極化する傾向にあります。

このような関係は経済だけにとどまりません。例えば、車で移動中、乱暴な運転を見ないでしょうか。周囲が事故を起こさないように、その車に配慮することで、安全が保たれています。道にゴミを無造作に捨てる人がいる一方で拾う人がいます。捨てる人が別の場所で拾う側になるということはありません。恵みを受け取る側は一方的に受け取り、恵みを与える側は与え続けるのです。

この社会の不公平性をどのように解釈すれば良いのでしょうか。

結局のところ、このような誰かが一方的に利益を受け取る構造はいずれ破綻をきたします。その存在が排除される可能性もありますし、構造全体が破綻する可能性もあります。

独裁政権が永劫に続いた試しはありません。一時的に隆盛を極めても、いずれ衰退していきます。奴隷制度、農奴制度、小作制度、いずれも廃されました。

経済は貨幣が流通することによって健全たり得ます。もし、どこがでその流れが止まることがあればインフレを起こします。富が一部に集中することは長い目で見れば、社会全体を疲弊させて、破綻させることになるでしょう。

2つの投資クラブによる実験1)

ドイツのエルフルト大学とロンドン・スクール・オブ・エコノミクスの研究者は84人の被験者を対象にある実験を行いました。それは2つの投資クラブに分けて、報酬と制裁に関する心理を研究するものでした。実験は「投資クラブを選ぶ」「資金提供する」「制裁する」という3つの段階を30プロセス繰り返すものです。

各被験者には毎回20ユニットの手持ち金が与えられて、資金提供の額を決めます。残った額は自分の口座に入ります。投資クラブに資金提供した分だけクラブは成長してお金が増えますが、プロセスごとにそのお金は出資者全員に均等に分配されます。つまり、たくさん出資してお金を増やすことに貢献した人も、ほんの少し出資した人も同じ金額を受け取れる仕組みです。

30回のプロセスごとに、各被験者には誰がどのくらい出資して、これまでどのくらい儲けているかが知らされます。

投資クラブAには賞罰はなし。投資クラブBはペナルティ制度と報奨制度があって、前者は1ユニットを消費して他者に3ユニットのペナルティを与える制度、後者は1ユニットを消費して他者に1ユニットの報酬を与える制度です。

最初の段階では被験者の選択はクラブAが3分の2、クラブBが3分の1だったのですが、10回目までに90%がクラブBに、13回目には全員がクラブBに移りました。

クラブBではお互いが助け合い、「ただ乗り」しようとした被験者には制裁が与えられ、自分の手持ち金を減らしてペナルティを与えた者には他の被験者から報奨が与えられました。

制裁なしの投資クラブAでただ乗りをした人は、1回目は最高額の報酬を受け取った。しかしその後、彼らの報酬は激減し、最終的には自由放任主義は破綻に至った。5回を過ぎ、制裁を行う投資クラブへの高額資金提供者のほうが多く稼いでいるのが判明すると、その恩恵を悟って参加したがる人が増え、メンバーも収益も雪だるま式にふくらんでいった。投資クラブBへ参加して惜しみなく資金提供をする人が増えるほどに、このポジティブな社会行動の生み出す利益はさらに大きくなった

制裁を行う投資クラブの高収益の大半は「断固たる返報者」の手柄だった。彼らはただ乗りした人を、相当なコストをかけても罰した。最初は、ほかの人に罰金を科すことには明白な金銭的利点はなかった。しかし数回繰り返すうちに、ただ乗りを許さないというこの方針のおかげで、投資効率が上がり続けることになり、高額資金提供者が続々と出てきて、ネガティブな制裁の必要はしだいになくなった。

「孤独の科学 人はなぜ寂しくなるのか」河出書房新社 P241-244より

社会において、リスクやコストを支払わずに利益を得ることは多くの人の反感を買います。その人が他人からの制裁を寄せつけないほど権力を握っていれば、しばらくは甘い汁を吸い続けることが出来るでしょうが、わずかな隙を見せればたちまち足を引っ張られるでしょう。テレビで華々しく取り上げられた投資家が後にスキャンダルで失権するのも、そのような心理が働いて周囲から告発を受けるからではないでしょうか。

参考文献
1)ジョン・T・カシオポ、ウイリアム・パトリック(著)、柴田裕之(訳)「孤独の科学」河出書房新社.2010

恵みを与える人の生き方

利己的な存在が将来的に破綻するのは歴史的な事実なのですが、逆に利益を供する側はどのように人生を歩むのでしょうか。残念ながら、独裁者の圧政が終わるのを夢見ながら死んでいった奴隷が数多くいるように、自分の恵みが戻ってくる保証がないのが現実の残酷な部分です。また、一部の投資家が暴走した反動の不況によって一般市民が被害を被ることもあり得ます。自分勝手な存在のために損するばかりか、巻き添えを食うのはなんとも不合理なことです。

本来は恵みを与える人、受け取る人がその流れを循環させて、そこに関わる人全てが恩恵を得るのが理想の姿です。私の周りには恵みを与え続けることで、自身も潤っている人が何人かいます。かつては日本は村社会で、地域の商店街も多く存在して、そこは互助社会を形成していました。全てが良いことばかりではありませんが、小さな範囲であれば実現はできることなのでしょう。

小さな範囲であってもそのような循環を実現している人は幸せそうに見えます。対照的に「ただ乗り」をするような人たちは短期的に見れば得をしているようでも、顔はどこかすさんで楽しそうには見えません。

テクノロジーが発展して、社会が大きくなることで効率化が進み、他者に与えることや還元が無駄なような風潮があります。しかし、効率化は多くの利点をもたらしますが万能ではありません。交通手段が発達して遠くまで短い時間で移動できるようになった反面、ゆっくり景色や土地を味わい、感じることはできなくなりました。それを否定はしませんが、失ったものもよく見つめなければいけません。

「惑星アーダナのジーナイト作戦」の最後でドロクシーヌはMr.スポックに「私も鉱山に行きます。雲の上だけで暮らしていてはいけませんもの」と告げます。いきなり鉱山のような異世界に行くのは勇気がいりますが、自分が得た利益(経済だけでなく知識や技能を含む)を少しでも周りに還元するのはそれほど難しいことではありません。そのような一歩が恵みを与える人と受け取る人の循環を生み出し、ゆくゆくは生きやすい社会を作るように思うのです。

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兼業作家。2023年4月『園井恵子 原爆に散ったタカラジェンヌの夢』(国書刊行会)上梓。歴史全般が興味の対象ですが、最近は大正~昭和の文化、芸術、演劇、映画、生活史を多く取材しています。プロフィール写真は愛貓です(♂ 2009年生まれ)。よろしければTwitterのフォローもお願いします。(下のボタンを押すとTwitterのページに移動します)。