「園井恵子 原爆に散ったタカラジェンヌの夢」出版!

2023年4月25日、自著『園井恵子 原爆に散ったタカラジェンヌの夢』が国書刊行会より発売されました。この書籍は戦前に宝塚少女歌劇、映画、新劇などで活躍し、未来の大女優として将来を嘱望されながらも広島の原爆により32歳でこの世を去った園井恵子の評伝、伝記です。

園井恵子さんは死後75年以上経過した現在でもメディアでその名前を取り上げられる稀有な存在の女優です。新聞やテレビだけではなく、2019年、宝塚歌劇団の発展に貢献した生徒やスタッフを顕彰する「宝塚歌劇の殿堂」に園井さんが加えられたのは記憶に新しいところです。また、2020年7月31日に公開された大林宣彦監督の映画『海辺の映画館 キネマの宝箱』では園井さんが所属した移動劇団「桜隊」が大きく取り上げられ、園井さんは常盤貴子さんが演じました。
また、過去には新藤兼人監督の映画『さくら隊散る』、井上ひさし原作の舞台『紙屋町さくらホテル』でも園井さんは主要な人物として登場し、前者は未來貴子さん、後者は森奈みはるさんなどが演じています。

園井恵子さんについて詳しくはこちら
参考記事:「園井恵子という女優」2019年8月4日

その悲劇的な人生が人の心を引きつけるのか、故郷の岩手県には今もメディアや教育機関の方が多く取材に訪れています。それだけの人物にも関わらず、園井恵子さんにはその生涯を記した評伝、伝記的な書籍は長い間存在しませんでした。
2020年に出版された『流れる雲を友に 園井恵子の生涯』(パブフル刊、以下「旧版」)は、彼女の人生を記した伝記・評伝であると同時に、この1冊で研究資料や足跡をたどる旅のガイドブックとしても役立つように多くの情報が盛り込みました。
今回の書籍はそれに加筆修正を行い、より読みやすく、資料としての完成度を高めることを目指しました。

ここでは、園井さんに新しく興味を持った人、旧版をすでに購入したけど新刊を買おうか迷っている人など、本書に興味を持っていただいた方に書籍を紹介しようと思います。

本の基本構成

サイズ:四六変型版
ページ数:424
写真数:60
価格(税込):3080円

旧版がA5版と一般的な文芸書よりもサイズが大きめで、カバーがない外側の少し厚い紙に直接印刷された(俗に言われるペーパーバックという)外装だったのに対して、今回はハードカバーの一般的な文芸書の体裁になっています。
写真は表紙も含めると60点収録しています。旧版に比べると現地や資料の写真などを割愛して、宝塚時代やプライベートなどの写真を増やしました。特に過去の書籍で掲載されていないものを多く取り上げるように心がけました。園井さんだけでなく、他のタカラジェンヌの写真もあり、「第一期黄金時代」「戦前の宝塚レビュー黄金期」などと呼ばれた鮮やかな当時の息吹を感じることができると思います。
旧版はオンデマンドという印刷上、写真の画像が悪かったのですが、それもだいぶ改善されていると思います。園井さんやタカラジェンヌたちの写真が増えて、写真に関してはずいぶんと華やかなものが増えた印象です。

『園井恵子 原爆に散ったタカラジェンヌの夢』の特徴

園井恵子はじめての伝記・評伝

園井恵子さんの書籍と言うと、出生地である岩手県松尾村(現在の八幡平市)が平成3年に編纂した『園井恵子・資料集』がまず挙げられます。関係者の証言や寄稿をまとめて巻末には年表も付いた貴重な本で、今回の執筆でも中心的な資料として活用させてもらいました。

ただ、本の性質上、彼女の生涯を時間に沿ってたどるものではなく、私自身、その人生の全体像をつかむまで何度も読み込む必要がありました。もう少し入門書的な本があれば良いのにと思っていました。

そのような当時の思いもあり『園井恵子 原爆に散ったタカラジェンヌの夢』は、はじめて園井さんを知ろうとする人が手に取りやすいスタンダードな伝記・評伝を目指しました。

2020年に出版された『流れる雲を友に 園井恵子の生涯』に比べて、出版後二年間の知見が加えられて、さらに初めての方が、より手に取りやすく楽しめるように内容を整え、当時の舞台写真やブロマイドなど美しい写真を増やしています。

364ページ。当時の宝塚歌劇(宝塚少女歌劇)の華やかな雰囲気が伝わります。
199ページ。『ピノチオ』(昭和17年)の春日野八千代さん演じた「コオロギ」の写真。美しいの一言です。園井さん以外の写真も収録されています。
目次
プロローグ
第一章 岩手 緑生まれる大地に
第二章 小樽 女学校時代
第三章 夢への旅立ち
第四章 宝塚音楽歌劇学校時代
第五章 舞台デビューの頃
第六章 星組の誕生
第七章 少女歌劇のスターとして
第八章 さらば宝塚
第九章 新劇と映画の世界へ
第十章 しのびよる闇
第十一章 移動演劇の日々
第十二章 広島への道
第十三章 桜隊
第十四章 八月六日
第十五章 夢の終わり
エピローグ
あとがき
主要参考文献

園井恵子研究の資料として

本書では著作権をクリアした上で、様々な文献から写真を引用しています。園井さんが生きていた時代やその周辺の様子がより伝わるだけでなく、資料として貴重なものもあります。

97ページ。当時の宝塚音楽歌劇学校を写した珍しい写真。
288ページ。移動劇団「桜隊」が広島で宿舎にしていた建物。原子爆弾により全壊した。

本書では多くの資料を読み込み、文章と写真をところどころで引用していますが、煩雑にならない程度で出来るだけ引用元、準拠を明示するように留意しました。

園井さんの伝記・評伝が今まで書かれなかった理由として、その人生の中で詳細が分からない空白の期間が多いという点があります。その部分を埋める作業として多くの文献を読み当たりましたが、当時に生きていた人間が証言できない以上、最後は最も真実に近いと考えられる推測や仮説に委ねるしかないというのが現実です。

過去に資料を調べる中で、明らかに真実から離れた内容がネットを介して公表されているのを目にしました。それは社会的な立場のある著明な方が発信しているものもあり、後世に残すには憂いを感じずにはいられませんでした。

他の記事で触れましたが、一時期、世の中から忘れかけられた園井恵子さんが再び思い起こされることになったきっかけは、小学校高等科時代の友人・渡辺春子さんのラジオ放送局への寄稿で、その動機にはある雑誌の記事がありました。苦楽座(移動劇団「桜隊」の前身)で一緒だった徳川夢声が園井さんの臨終の間際を書いたもので「『それはもう、私らも見てはおられんでした。あのたしなみの好い園井君が、股もなにもオッぴろげて、七転八倒でしたからね』と、高山トウさんは帰京してから私に報告した」「高山ママさんが、夢中になって頭をふる園井君の、髪の乱れに、櫛を入れてやったら、ゾロリゾロリと毛がぬけてしまった。ろうたけく美しき吉岡夫人は、四谷怪談のお岩さんとなって悶死した」などと書かれていました。この記事については他の証言者から事実と違うと指摘を受けています。

事実の隙間に想像や空想を思い巡らせるのは作家や人々の守られるべき楽しみだと思いますが、他者を書く以上はある程度の道義や責任が伴うものです。この書籍を出版するに当たっては、文献や証言に拠るものか私の推論か読者に伝わるようにして、園井さんに興味を持った人にできるだけ標準的で客観的な情報を提供したいという思いがありました。読み物として入口になると同時に、今後さらに知識を深めたい人にとって資料としても質の高い書籍でありたいと考えました。

巻末の主要参考文献は旧版からさらに増えて135に及びます。一般書から雑誌、園井さんのことを直接書いたものから、その背景を調べるために紐解いたものまで列挙しました。他にも実際には多くの書籍や雑誌を見ていますが、煩雑にならない範囲でまとめています。これから園井さんのことを調べたい人にとって役に立つと思います。

410-411ページ。主要参考文献の一部

旧版との最も大きな違いは「年譜」が追加されたことです。『園井恵子・資料集』の年譜を何度も確認して執筆した身としては、まとまった年譜が研究にどれだけ貢献するか身をもって経験していました。しかし旧版では自費出版という形式上、編集が難しく断念せざるを得ませんでした。
今回の出版にあたり念願の年譜を収録することができました。特に宝塚での配役記録は幕ごとの詳細なもので、現在調査できる限りの記録だと自負しています。年譜はこれからの園井恵子研究に大きく役立つものと考えています。

384-385ページ 加えられた詳細な年譜 
年譜の記録は幕ごとの配役まで詳細に及んでいます。一部、公演ごとにタイトルや配役名が違う点が見られますが、誤字ではなく実際に微妙な変更が加えられているためです。文献ごとに記載に違いが見られる場合があり、当時発行されたプログラムを典拠にしています。

メディアの評価

出版後、様々なメディアで紹介、評価していただきました。ここではその一部をご紹介します。

”ひたむきに駆け抜けた園井の人生を後世に伝えなければいけいないという筆者の気迫が筆致から滲み出る。人は誰かの記憶の中で生き続けられることを教えてくれる作品だった”
(週刊現代2023年5月27日号:ノンフィクション作家・河合香織様)
”本書には120冊もの参考文献が挙げられ、本書の底力となっている。著者の掘り起こした文献から、園井恵子の心の変化を浮かびあがらせ、人間園井恵子が身近に感じられてくる”
(2023年7月2日赤旗:詩人・近野十志夫様)
”園井恵子という一人の女性の短い人生を、生年から没年までを丁寧に追っている。その追跡により、園井の生年からして、つまり彼女が生きた時代により、日本の、日中戦争から原爆投下などという最悪の事態による敗戦までの、東北の田舎町にいた女の子の生活史になっている”
(2023年7月5日ブログより:作家・姫野カオルコ様)
”著者と一緒に園井の生涯を探索する旅に出かける趣がこの本にはある” ”未完の大器の人生を心に刻んでほしい”
(2023年7月9日岩手日報)
”大変な労作” ”その人生を調べてゆくうちに「全身全霊」で書き切るべきと著者が考えたのもわかる” 
(2023年7月15日毎日新聞:評論家・川本三郎様)

まとめ

2023年4月25日に出版された書籍『園井恵子 原爆に散ったタカラジェンヌの夢』について紹介しました。旧版の完成までに多くの方々、公共図書館など関係機関の協力をいただきましたが、再度刊行についても多くの方々にご尽力をいただきました。この場を借りて厚く御礼申し上げます。この書籍が園井さんを知る上での入口になり、後世の研究者への架け橋のような存在になれば嬉しく思います。

2 件のコメント

  • 先日5月5日「園井恵・原爆に散った宝ジャンヌの夢」買い求め読み始めています。
    岩手県IGR東北本線沼宮内駅内に設置されている園井恵子記念館には2回ほど伺ったことがありましたが、今回本になったことを知り買い求めました。無法松の一生の映画を見て岩手県出身の袴田トミ(園井恵子)が主人公ということを20年ほどに知りました。その後、岩手町議選のある応援に伺った際に、偶然岩手町で盛岡医療生協工藤医院の創設者工藤丈嗣医師が全国を行脚し基金を募り園井恵子銅像を作るきっかけに繋がりました。

    • 本をお買い上げくださりありがとうございます。
      工藤先生とは直接お会いしたことはありませんが、お書きになられた文章は読んだことがあります。
      もしお会いできていたなら、少女時代の園井さんのエピソードがもっと聞けたかもしれません。
      本を通じて、園井恵子さんの人生に思いを馳せていただければ嬉しいです。

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    ABOUTこの記事をかいた人

    兼業作家。2023年4月『園井恵子 原爆に散ったタカラジェンヌの夢』(国書刊行会)上梓。歴史全般が興味の対象ですが、最近は大正~昭和の文化、芸術、演劇、映画、生活史を多く取材しています。プロフィール写真は愛貓です(♂ 2009年生まれ)。よろしければTwitterのフォローもお願いします。(下のボタンを押すとTwitterのページに移動します)。