作家になりたい人はたくさん本を読むべきか?

私は普段、あまり本を読まない人間です。将来はフィクションを書きたいなんて思っているのに、小説は年に1冊も読めば多い方だと思います。
唯一、自分から好んで読むのが実用書系(特に自己啓発系)で、多くて月5冊くらい、平均すると2~3冊といったところでしょうか。
本業のノンフィクションも楽しみで読むことはほとんどありません。ただし、こちらは自分の執筆のための資料として読むことはそれなりにあって、完読しているわけではないですが、必要に応じて目を通します。
記事や論文を読むことも多く、本でも同じものを何度も繰り返し読むので、「新たな冊数」にすると少ないですが、活字に触れている機会はもう少し多いと思います。
ただ、私の友人には年300冊以上読むという猛者もいますので、それと比較すると、他人に作家の心得を伝えようとしているにも関わらず、なんとも心許ないように思います。

作家志望者に対して本を読むように勧める論調が多いですが、私もその意見に賛成です。特に自分が目指す分野の書籍はたくさん読んでいた方が、実際に自分が執筆する時に助かるはずです。

私は楽しみで本を読む機会はそれほど多くないですが、取材として多くの文献を読むスタイルなので、それが読書量の不足を補ってくれたと今になってと思います。

作家が書籍を読む効用

作家としてのバランス感覚を養える

自分の分野の書籍を多く読む利点を私なりに考えると、作家としてのバランス感覚が養えるということが第一に挙げられます。
私はノンフィクションを主な分野にしていますが、同じノンフィクションの書籍でもその内容は様々です。
読んでみて「よくこんなに調べているな」と感心することもあれば、「ずいぶんスカスカだな」と呆れることもあります。
多くの書籍を読むことで自分の作品の質もいくらか判断できるようになってきます。そうなってくると、だいたいどのくらいの質の作品なら企画出版ができるとおぼろげながら感覚的につかめてきます。
私はまだ企画出版1冊の身ですが、2冊目、3冊目の出版はそうハードルは高くないと感じています。それは取材の過程で多くの書籍に目を通し、世の中の出版に関する質的要求が何となくつかめてきているからです。
さらに貪欲に読んだ書籍を分析してみると、「この出版社からはノンフィクションでもこういう分野のものが多い」とか「この出版社は値段は高いけど、質的には十分に練られていて、装丁も質が高い」などと出版社ごとの特色もわかってきます。どこの出版社も同じような作品を求めているわけではなく、カラーも経営方針も全く違います。同じ企画でもある出版社では求められても、ある出版社では見向きもされないということはよくあります。

様々な出版社の本を多く読んでいるとそれが何となく分かってきます。作家のお客様は最終的に読者ですが、そこにたどり着くまでには(企画出版であれば)出版社を経由する必要があります。私としては出版社の特徴をいろいろ考えながら書籍を手に取るのもまた楽しいものです。

手本となる作家・作品に出会える

また、特定の分野の書籍を読み続けていると、自分のお手本になるべき著書が見つかることがあります。その著者のインタビュー記事やエッセイなどを読むことで、その人の創作技法を学ぶことに繋がります。

私は吉村昭氏の著書の綿密な歴史的裏付けに驚き、どのような手法で取材をしているのか、とても興味を持ちました。吉村氏には取材裏を記録した著書がいくつもあり、少しでも吉村氏の創作のエッセンスが身に付かないか、それらを読んでみたものです。
今でも吉村氏の情報収集能力には遠く及ぶべくもありませんが、疑問を持ち、優秀な先達から貪欲に学び、それを繰り返すことで、自身の作家としての素養が磨かれて、少しずつでも成長することができます。

堀川惠子氏の著書は重厚な内容で、ノンフィクション作家として素晴らしい資質を持った方の一人だと思います。堀川氏は元々、放送記者、テレビのディレクターでした。著書『戦禍に生きた演劇人たち』はテレビドキュメンタリーの企画からスタートし、14年掛かって最初の構想とは全く違った形で結実したと同書のあとがきに触れられています。そこからは、記者、テレビ業界の取材に関するノウハウへの興味と、10年以上かけてもひとつの作品を完成させるスタンス的な刺激を与えられました。
作品に対してある程度の期間を決めて取り組む方法も、期限を設けずに継続して取り組む方法があることをここからは受け取り、そして記者やテレビ業界の人とお話しする機会があったら、取材のノウハウについて尋ねてみたいという、心の中に宿題ができました。
歴史小説で有名な司馬遼太郎氏も新聞記者の出身で、記者の技術やノウハウは、取材を重視する作家にとっては参考になる部分が多いのではないかと考えています。

青木冨貴子氏の『GHQと戦った女 沢田美喜』も質の高い評伝と感じていました。この作品では著者・青木氏の取材の様子と、取材対象である沢田美喜の人生と2つの時間軸が交互に入っていて、他の作品でもそのような手法は多くとられていますが、特にこの作品では他の著者の作品に比べて現代のルポルタージュ的な要素が多く書かれているように思いました。青木氏自体がジャーナリスト出身だからかもしれません。著書の『園井恵子 原爆に散ったタカラジェンヌの夢』でも、作中に取材時の時間軸を多く取り入れましたが、これは青木氏の構成を見ていて、それが作品として成立するのを読者として知っていたからでした。

まとめ

このように、自分と同分野、あるいは近い分野の作品を読むことで、作者としての素養や技能の成長が見込めるだけでなく、執筆時の引き出しも多くなります。
特にノンフィクションの場合は、書きたいテーマを持っていることが第一で、次に問題になるのが「視点の発想」「調べ方」「まとめ方」です。多くの作品に触れておくことは、このいずれのスキルも上げてくれます。特に「まとめ方」は感覚でつかむ部分も多く、本を多く読んでおくことが大きな助けになると思います。

好きな作品や手本になる作品を多く持つことは、自分の中に種を蒔いておくようなものです。そこから得た感覚や知識は大きな成長をもたらしますが、その場で形にならずに蓄えられた疑問、気付きも時間を経てどこかで結実します。それは短期で促された成長よりも実りが大きく、その作家の一生の財産になると思います。そのような積み重ねは作家としてだけではなく、人間としての幅も拡げることになると思います。

ペースは人それぞれですが、ゆっくりでも好きな作品や手本になる作品を増やしていくことをお勧めします。

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ABOUTこの記事をかいた人

兼業作家。2023年4月『園井恵子 原爆に散ったタカラジェンヌの夢』(国書刊行会)上梓。歴史全般が興味の対象ですが、最近は大正~昭和の文化、芸術、演劇、映画、生活史を多く取材しています。プロフィール写真は愛貓です(♂ 2009年生まれ)。よろしければTwitterのフォローもお願いします。(下のボタンを押すとTwitterのページに移動します)。