自分の好きなことを仕事にしていきたい。文章を書くことが好きな人が作家として生計を立てられたらどんなに素晴らしいか、私も強く憧れている人間なので、その気持ちはよく分かります。
「小さな作家塾」というカテゴリーで私の創作作法について記事を書いていますが、それは執筆や取材を通して人生を豊かに生きることを目標としていて、収入をいかに得るかということについてはあまり触れていません。
収入を多く得るという点については、その人の才能、資質、環境といった点も多く影響するからです。
また、作家を志望する人の中には、大して「書く」ことが好きでもないのに職業として作家を目指している人がいます。そのような人でも才能に恵まれて運良く作家になれる人はいると思いますが、ごく少数だと思います。
作家としての感覚や技量を磨くためには、他の分野でスキルを上げていくのと同様に「量」が必要です。好きでもないことを続けるのは大変な苦痛です。ましてや出版は年々経営的に厳しくなっていて、お金儲けをするには「作家」はあまり効率的な職業とは言えません。
大半の作家は生計を立てるための執筆や他に職業を持っています。大作家である村上春樹さんにしても創作の他に、翻訳という仕事を持っていて、書きたくない時には無理に小説を書かないそうです(『職業としての小説家』より)。
しかし、収益を上げるというのは作家にとっても大きなモチベーションのひとつであり、その原理を知っておくことは決してマイナスにはなりません。それを知った上で自分がどのような執筆スタイルをもつべきか考えることができるからです。今回は作家の収益について考えてみたいと思います。
作家の収益の基本
作家の収入は主に①原稿料と、②企画出版(商業出版)の印税に分けられます。前者は雑誌やメディアなどに原稿を書いた場合に支払われるもの、②は出版後に書籍の売れ行きに応じて支払われるものです。
原稿料
原稿料は著者の知名度、寄稿するメディアによって金額に差があります。知名度のほとんどない新人と人気作家では対価に差があるのは理解していただけるでしょう。一般によく言われる相場は原稿用紙1枚につき2000~5000円程度というものです。雑誌やメディアに連載を持っていると定期的に原稿料の収入が見込めますが、もし、1枚3000円として、1ヵ月に100枚の原稿を書いて30万円ということになります。100枚という量よりもそれだけの依頼をされるほど需要があるか、毎月それだけのアイデアを提供し続けられるかという点が高い壁のように思います。
メディアでの連載の分量がまとまり、出版されて印税を得るというのが、最も収入が多いルートだと思います。
印税
印税は一冊につき本の価格の一部が支払われるものです。印税率は出版社と著者の契約により決められますが、一般に相場は5%~10%と言われています。印税率の上下については作家の知名度や出版社の方針で決められることが多いように思います。
「文藝春秋がノンフィクション作品に拘る真意」(東洋経済ONLINE 2023.4.29閲覧)によれば、新人の場合、初版4000~5000部程からスタートすることも多いようです。そしてノンフィクションは3万部売れればベストセラーとも言われています。
もし定価1500円で印税率が7%として一部105円。5000部完売したとしても525000円という金額になります。もしベストセラーとなり3万部売れたとしたら、3150000円になります。
それだけの作品を生み出すまでにかかる労力、費用、それをコンスタントに生み出し続けなくてはいけないことを考えると、いかに専業作家のハードルが高いか、ご理解いただけるのではないかと思います。
ニーズに応えた量が作家の収益になる
作家の収益はごくシンプルで「読みたい」と思う人が多ければ収益になります。雑誌社にとってはその人が書くことで雑誌の売り上げが伸びることがニーズですし、学術系の雑誌を出している出版元にすれば、その人が書くことでその雑誌に権威や価値が加わることがニーズかもしれません。
出版社にすれば、本が売れることが何よりのニーズです。社会的信用やブランドを失うような内容でなければ、売れる本は出版社にとって喉から手が出るほど欲しい存在です。
逆に言えば、作家は売れる本を書き続けさえすれば、相応の収益を得ることができます。
少し視点を変えてみると、仮に執筆で年収3百万円を目指すとして、本1冊の条件は印税7%、定価1500円(1冊の印税が105円)としましょう。5千部売れる本を6冊書くのと、3万部売れる本を1冊書くのとどちらが現実的でしょうか?
さらに極端な例を出すと、ミリオンセラーと呼ばれる100万部売れる本を書けば印税の額は1億円を超えます。自分で売れ行きを自在にできるわけではないですが、単純に労力という点だけで考えると少部数で何冊も出すよりも、たくさん売れるものを1冊書いた方が効率が良いのが分かっていただけると思います。
もちろん経営には様々な戦略があり、手法はいくつもありますが、このような視点を持つことも執筆と収益を考える上で有用ではないかと思います。
売れるジャンルとは何か
単純に売れる本を書きたいというだけなら、最初に知っておくべき前置きがあります。例として、2022年のベストセラーランキングを10位まで挙げてみます(紀伊國屋書店調べ https://corp.kinokuniya.co.jp/bestseller2022/ )。
1位 | メシアの法 | 大川孝法 | 幸福の科学出版 |
2位 | 80歳の壁 | 和田秀樹 | 幻冬舎 |
3位 | 同志少女よ、敵を撃て | 逢坂冬馬 | 早川書房 |
4位 | ジェイソン流お金の増やし方 | 厚切りジェイソン | ぴあ |
5位 | TOEIC L&R TEST 出る単特急 金のフレーズ | TEX加藤 | 朝日新聞出版 |
6位 | 人は話し方が9割 | 永松茂久 | すばる舎 |
7位 | 20代で得た知見 | F | KADOKAWA |
8位 | 乃木坂46賀喜遥香 1st写真集 まっさら【紀伊國屋書店限定カバー版】 | 賀喜遥香、菊地泰久 | 新潮社 |
9位 | 70歳が老化の分かれ道 | 和田秀樹 | 詩想社 |
10位 | 本当の自由を手に入れるお金の大学 | 両@リベ大学長 | 朝日新聞出版 |
ベスト10というのは相当に高い壁で、ここまで上位を望んでいる訳ではないかもしれませんが、説明のため列挙してみました。
枠を越えたベストセラーというのは存在しますので、例外はいつの時代にもありますが、セオリーも存在します。
ランキングを見ると、人間関係や生き方について取り上げたものが多いことに気付かれるでしょうか。お金に関する本も2冊ランクインされています。
言うまでもないことなのですが、売れるというのは買う人がいるということです。買う時に読者は何かの問題を解決したいというのも動機のひとつです。
人間関係や生き方、お金を稼ぐ方法などは、そもそもニーズとして多くの人が持っているテーマといえます。当然、競合の本もたくさんあるでしょうが、ヒットする可能性もたくさんあります。
実用書系はその分野に興味がある人、という点で最初からいくらか対象が絞られて、ベスト10まで食い込むのは出色と言えます。
5位の『TOEIC L&R TEST 出る単特急 金のフレーズ』は、英語という比較的ニーズの大きい分野というのもありますが、その中で特に切り口が読者を惹きつけたというのがあるのでしょう。
2位、9位は70、80歳と読者層をあえて絞っていますが、それだけにターゲット層には特に強くメッセージを与えるでしょう。高齢者は紙の本へのニーズも高く、紀伊國屋という調査元の傾向もあるかもしれません。
7位は若者向けですが、これも生き方、自己啓発に分類されていて、年齢層こそいくらか限られていますが、それ以上の制限はなく、マーケティングとしては対象が幅広い本のように思います。
このように、売れる本というのは多くの人のニーズを満たす可能性があるということで、逆に言うと、本によっては、出す前からあまり売れないことも予測できるということです。
前述のように、作家の収入は原稿料と印税がメインになります。ベストセラーを生み出せれば、作家の経済活動の大きな支えになります。
セオリー通りが良いわけではありませんが、このような構造を頭に入れておいても損はないと思います。
まとめ~自分の作家としてのスタイルを考える
作家の経済面について簡単にまとめました。収益を多くするにはマーケティングの考え方も大切です。ものを書くことが好きといっても、生活もしていかなくてはいけません。生計に執筆をどれだけ組み込むのか、組み込めるのか、ライフプラン的な考え方も必要でしょう。
個人的な考えとしては、本は売れた方が良いに決まっています。ただ、執筆する立場からすると、たとえ売れる本を書けるスキルを手に入れたとしても、書きたくない本を生計のために書く生活は果たして、その人が望んでいた生活なのかとも思います。
長い時間をかけていたら収益という点では効率が悪いですし、多作の作家がいるのも事実です。しかし山ほど本を出しても、その内容をただ読み捨てのように受け取られていたらどうでしょうか?
一方でブランドを構築していくという戦略視点もあります。しかし、自分が時間をかけてもブランドと言われるほどの質が生み出される保証はありませんし、時間を消耗すれば収益は伸びません。最終的には自分の価値観でバランスを決めることになります。
自分はどのような作家として生きていくのか? 本来、作家のスタイルに優劣はありません。その人に合ったスタイルを探すべきだと思います。何のために作家になりたかったのか、原点を大切にして、その上で自分の作家としてのスタイルを構築できると良いと思います。
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