証言~もうひとつの『タカラヅカとシャンソンの時代』♯9

(表題写真:山田勇男撮影)

 2026年5月28日に青弓社より『タカラヅカとシャンソンの時代 深緑夏代と千秋みつるが奏でた歌物語』が刊行されました。同書は宝塚歌劇団出身でシャンソン歌手として名を馳せた、故・深緑夏代さん(1921-2009)と、同じく元宝塚で現在もシャンソン歌手として活動中の千秋みつるさん(1930-)姉妹の人生を綴ったものです。
 健在の千秋みつるさんに取材を始めたのが2021年1月。そこから出版まで5年余りにわたった取材記録をシリーズ記事としてお伝えします。編集上で割愛されたエピソードも加えて、作品世界をより深く感じていただければ嬉しく思います。
 今回は千秋さんの長年の理解者である、映画監督の山田勇男さんと都市文化に関する研究者の山梨牧子さんに、その魅力について寄稿をお願いしました。表現者としても実績のあるお二人の視点は、千秋さんを考える上でとても興味深いものです。

「千秋みつる賛」

シャンパーニュにて山田勇男監督と千秋みつるさん(2025年12月11日撮影)

山田勇男 2026年4月19日

 2014年「ミモザ・ギャラリー」の山梨牧子さんから、8ミリフィルムで是非、千秋みつるさんと撮って欲しいと乞われ、自由が丘の「ラマンダ」でのコンサートを聞いた。千秋さんは宝塚出身から女優になり、映画やテレビで活躍後、姉のシャンソン歌手である深緑夏代さんの付人をされ、亡くなったあとで自身が歌いはじめたと聞いた。私の母よりも一ツ年下と聞き、時代背景を察するにいたった。さて、はじめて彼女を見て、はじめて歌声を聞いたとき、すっかりその確実な、それでいて透きとおった存在が映る――指先のこなし、こころのありかが彩やかである。その時85歳である。選曲されたシャンソンの数々を聞くごとに、それぞれ心に沁みてくる。泣けて仕方なかった。彼女の言葉の重みが伝わるからで、こころで歌っているのが解った。細身のきゃしゃな方なのに、声のちからが降りそそぐそれは「夢の花粉」※1がこぼれる美しさがあるからだと思う。もっといえば、強烈な感情の光の中でこそ、すべてのものがふさわしい場所を占め、それぞれの真実がそのようなものとして見られる※2、存在を感じたからだった。今もなお96歳でありながら、毎月一度、新宿の老舗「シャンパーニュ」でステージに立っておられる。「危所に遊ぶ」とはこのことか、と。それはもう、立ち姿、歌う言葉、声が、シャンソンそのものではないかと、本当に、そう思わせて呉れる。人の世を伝える歌声が生きていると教えてくれる。

※1 滝口修造
筆者注:滝口修造の詩『TEXTES』に「夢の花粉がぼくの睫毛にこぼれるとき瞬時の歌声が聞こえる」という一節がある(『コレクション滝口修造 11 (戦前・戦中篇 1 1926-1936)』P146)。
※2 『ヘンリー・ソロー日記』1852年1月1日から

山田勇男(やまだいさお)

 1952年、北海道生まれ。74年、演劇実験室天井棧敷に入団。寺山修司監督作品映画の美術・衣装デザインを担当。77年、札幌にて漫画家・故湊谷夢吉らと銀河画報社映画倶楽部 を結成。 稲垣足穂の『一千一秒物語』をモチーフに製作した処女作『スバルの夜』以来、現在まで8mmフィルムを中心に100本を超える作品制作。国内外で特集上映が組まれ、作品は美術館や大学に収蔵されている。 劇場映画の監督作品は、『アンモナイトのささやきを聞いた』(1992、カンヌ国際映画祭招待)、つげ義春原作『蒸発旅日記』(2003)、『シュトルム・ウント ・ ド ラ ンクッ』(2014)。 書籍は『夢のフィールド』(1992)、『星のフラグメント』(2003)、『戯れ』(2008)、『人魚』(2013)、『ヤマヴィカ宇宙學』(2014)、『ヤマヴィカ宇宙學 II』(2015) 、『白い夢』(2019) がある。
山田勇男公式ホームページより

「シャンソンの真髄を教えてくれたシャンテューズ  千秋みつるさんのこと」

シャンパーニュにて山梨牧子さんと千秋みつるさん(2025年12月11日撮影)

山梨牧子 2026年春

 ショートカットにすらっとした白いパンツスーツにハイヒールのサングラス姿。姿勢が良くて優雅な身のこなし。「かっこいい!」  

 全く所帯染みていない80歳を迎えるタカラジェンヌ、千秋さんに最初にお会いした時の第一印象 だった。2010年5月15日、東京ウィメンズプラザで辻則彦氏と企画した「甦るラインダンス~ GHQが撮った宝塚歌劇『春のをどり』」上映会のための面会。 

 第二次世界大戦のために閉鎖していた宝塚大劇場が1946年に再開した幕開け公演『春のをどり』 をGHQ(連合国軍最高司令官総司令部)がオールカラー(総天然色)で撮影していた映像を一般公開して、当時の舞台に立ったジェンヌさん数人にお話を伺うという趣旨だった。音楽学校時代の仲良しだったという千代薫さんと伏見和子さんもご一緒に参加して下さり、初風淳さんの司会だった。千秋さんは抜群にご記憶が鮮明で、まるで日記を読んでいるかのように当時の思い出 や舞台裏の様子を語って下さるばかりか、64年前の『春のをどり』の振り付けまで再現して下さったのには心底驚いた。  

 数年後、日比谷宝塚劇場80周年に際して共立女子大学の千代田学と早稲田大学の研究仲間とチームを組んで企画した日比谷図書館の展示会『日比谷に咲いたタカラヅカの華』に付随したセミナーにお越しいただいて思い出を語って頂いた。その時の凛々しく鮮明な語り口は三行英登監督『日比谷に咲いたタカラヅカの花』(2014年 早稲田大学演劇博物館他関係者所蔵)に記録さ れている。 

 研究会を通して知り合ったものの、千秋さんの佇まいや素直でお茶目な語り口に魅せられて、 80代現役の歌を聴きたくて、自由が丘のシャンソニエ・ラマンダや新宿の老舗シャンパーニュに通い出した。だんだん千秋さんの素顔というか、女性としてという以上に、人間としての不思議な魅力に惹かれていく自分がいた。人魚のようなボディラインが美しく映えるスパンコールのドレスにヒール姿で、とても80代とは思えなかったが、老齢ゆえの儚い華麗さを「憧れ」として感じた。褒めると照れながら「わたし、まだ大丈夫かしら~」と笑っておどけて見せたりする仕草など「かわいい!」。すっかり私は、かっこよくてかわいい千秋さんのファンになった。舞台で真面目な話をした後に、華奢な体をよじらせて「なーんちゃって、私またバカなことばかり言ってますねー」と自分を笑って客体化して見せるのが、逆に真実をついているところがあって、妙な説得力があるのだった。その時も80代の高齢で歌われているという前提に、尊敬と多少の心配が混じり合った心持ちで見守っていたのものだが、90代になられてからは、もはや「お元気ですか?」など凡庸な挨拶など安っぽく思えて、畏敬の念を持って崇高ですらあるチャーミングな存在に魅せられ続けている。 

 千秋さんの歌は巧妙とか上手というのと違う次元で感動するものがある。人生を重ねて語るように、または『私の孤独』(ジョルジュ・ムスタキ)の歌詞に示唆される「もうひとりの自分」に寄り添うように歌うシャンソンは深く心に響く。シャンソンは歳を重ねるほど味わい深いと言われるけど、やはりどう生きてきたか(つまり、どういう価値観と美意識で生きてきて今あるかということ)は自ずと表現に表れるもので、千秋さんの声の質感とリズム(間の取り方や仕草)には、女とか日本人として生きてきたという以上に、喜怒哀楽を経てなお自分に厳しくも素直だった「個」としての人間の情感が美しく感じられるのだ。 

 私の感想は、舞台や時折カフェで対話した千秋さんの印象に基づく、至極個人的で感覚的なものだ。千秋さんの一世紀に渡る人生の細部を知らないし、彼女のキャリアの変遷、それに伴ってきたであろう様々な気持ちの大波小波も知らない。千和さんの評伝が出ることで、ある程度の個人史を知ることになるのだと思うが、知っても知らなくても、その佇まいや歌から感じる“千秋さんの香気”は変わらないと思う。それでも、もちろん、評伝を楽しみにしている。  

 96歳のお誕生日をお祝いさせて頂いた2026年1月、リクエスト定番の『生きる』は飽きちゃった、という彼女の心境がわかる気がした。「生きる尊さを知った」域も超えて、昨今の日本と世界情勢をニュースで見ては怒っているという千秋さんは反戦歌『愛しかない時』(ジャック・ブレル)を好んで歌われる。もう歳だから、などと言って諦めたり、脱力したりしないのだ。生きているこの時の事象と現象を感じ、考え、想像して、一喜一憂する。千秋さんの衣装センスの良さや日常の気品あるお洒落な感覚は、生涯現役の“存在しているという冷めない尊い感覚”があるからだと思う。コロナ期の外出自粛中のお電話で、栃木住まいになって良かったのは夜空の綺麗な星を見れることだと言っておられた。こんなふうに歳を重ねられたら素敵だなあ、と、ご本人には迷惑であろう多分なファンタジーも混ざって慕う私にとって、憧れのヒトである。
  Viva 千秋みつるさん!

山梨牧子(やまなしまきこ) 
 東京都出身。英国立ロンドン大学UCL卒。専門は“モダン時代”の思想・美学・芸術の諸相。スコットランド、ドイツ、日本の大学で研究と講師を経て、現在は日仏、北欧との文化交流催事のキューレーションと文筆活動を続ける。単著に『A History of the Takarazuka Revue since 1914』(2012)や『Performing Cross-Cultural Modernity』(2023)、寄稿に« Japanese Women on Stage, between Tradition and Modernity »  Palgrave Handbook of the History of Women on Stage (2020)等。近年担当した企画展にJapon Art Deco (2025〜2026年、仏国立ロレーヌ・ナンシー大学図書館)など。

 

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兼業作家。2023年4月『園井恵子 原爆に散ったタカラジェンヌの夢』(国書刊行会)上梓。歴史全般が興味の対象ですが、最近は大正~昭和の文化、芸術、演劇、映画、生活史を多く取材しています。プロフィール写真は愛貓です(♂ 2009年生まれ)。よろしければTwitterのフォローもお願いします。(下のボタンを押すとTwitterのページに移動します)。